SUPPING CULTURE REVIEW

批評同人誌『PENETRA(ペネトラ)』のメンバー。ジャンルフリー、ネタバレありです。https://penetra.stores.jp

山田太一「よろしくな。息子」(TBS系『おやじの背中』第七話)

 

 第七話。毎週リアルタイムで作品に接している視聴者であれば、そろそろ飽きが生じてくるタイミングかもしれない。序文で書いたような感動のインフレーションも起きてくる。ありきたりな展開では物足りなくなってくるのだ。何か、別のものを。山田太一はそんな期待に見事に応えてみせる。 

泰子「ふつうに考えて、おかしくありませんか? 弟子も女房も、一家族から同じ時期に求めるなんて、おかしいでしょう?」

 この回はちょっと変わっている。靴職人の高村(渡辺謙)は知り合いを通じて泰子(余貴美子)と見合いし好意を抱くが、断られてしまう。諦めきれない高村は、コンビニでバイトしている泰子の息子・祐介(東出昌大)の様子を見に行く。ちょうどそのときコンビニ強盗が現れ、祐介は強盗を落ち着かせたのみならず、お金が必要なのですかと配慮まで示した。その姿に心を打たれた高村は、祐介を靴職人の弟子にしたいと考えるようになり……。

 ドラマを駆動するエネルギーは大別してふたつある。共感と違和感だ。この作品はまるで私のことを語っているようだ、という親しみが共感であり、この人物は何をいっているのだろう、なぜここにこのシーンが挿入されているのだろうという引っかかりが違和感である。「よろしくな。息子」は、明らかに後者に比重を置いた作品のようにみえる。見合いを断られてどうにもならなくなったからといって、相手の息子に会いに行ってしまうのは、軽いストーカー行為だろう。その息子を弟子にしたいという発想にいたっては、もはや狂気じみてさえいる。それをひとことにまとめると、上記の「ふつうに考えて、おかしくありませんか?」という台詞に落ち着く。これは荒唐無稽な物語なのだろうか。

 そうではない、ということを丁寧に伝えてくるところに、この作品の美点がある。特徴として挙げられるのは、場面数の少なさ。細かい部分を除けば主要なシーンは四つのみであり、ふたり組でのダイアローグがリレーのように連なっていることがわかる。高村と祐介(ラーメン屋)、祐介と泰子(泰子の家)、泰子と高村(高村の家)、高村と祐介(泰子の家)といった具合だ。それぞれに長めの尺が割り当てられているが、三人が三人とも役に上手くはまっているうえ脚本に弛みがなく、見ていて飽きさせない。靴のことを話しだすと止まらない不器用な高村が、真摯に泰子を求め、祐介を求めるとき、視聴者は違和感を越えて共感を見いだす。そこには、第四話や第六話のような、あらかじめ想定された葛藤と和解のストーリーからは味わいえない魅力がたしかにある。事実は小説よりも奇なりという言葉があるが、ここではそれを別様に解釈してみよう。小説は事実をなぞるように作られてはならないのだと。なぜならば、事実はすでに小説よりも奇、だからである。小説=ドラマは、事実=現実を上回るわけのわからなさを含まなければ、ダイナミズムを持ちえないのである。もちろんそこに説得力を持たせる必要もある。「よろしくな。息子」はそうしたことの見本のようなドラマだ。

 この作品にはもうひとつ興味深い要素がある。それは渡辺謙東出昌大のキャスティング。いささかゴシップめいた話になるが、東出と渡辺謙の娘・杏は朝ドラ『ごちそうさん』での共演をきっかけに現在交際中とされ、結婚が近いとの噂もある。制作サイドが今後義理の親子となりうるふたりをキャスティングしたのは、明らかに意図があってのことだろう。そう考えると、高村(渡辺)がラーメン屋で祐介(東出)に足のウラをみせるよう促すシーンも、娘にふさわしい男かどうかを見極める「身体検査」に思えてくる。四つ目の長尺場面が次の台詞で締め括られたとき、その疑いは確信に変わった。

祐介「おとうさん、おとうさん?」

高村「ここにいるよ」

祐介「まだ、慣れていません。おとうさん。どうか、よろしく」

高村「ああ……。よろしくな。息子」

  祐介、静かにうなづく。高村も笑みを湛えて、静かにうなづく。

 第七話が全十話中で唯一、「新たに家族をつくる」物語であることが、連想に拍車をかける。こういったスパイスが味わえるのもテレビドラマの醍醐味だ。事実は小説よりも奇なり。ドラマと現実の境界線が混ざり合っていくときの、言葉にならない恍惚。東出は渡辺謙のテストに、無事合格できただろうか?

第七話 「よろしくな。息子」作:山田太一

第七話 「よろしくな。息子」作:山田太一

 

ランキング

第二位 ——— 第七話 山田太一「よろしくな。息子」

突飛な設定と少ない場面数が、マイナスどころか作品の強みに転化する不思議。渡辺謙東出昌大が「親子」になるという、リアルとフィクションの境界線が消滅しそうなキャスティングも大正解。

⇒全話のレビューを2014年11月24日(月・祝)開催、第十九回文学フリマで頒布する批評同人誌『Penetra』第5号に掲載します。ブースはカ-64。