SUPPING CULTURE REVIEW

批評同人誌『PENETRA(ペネトラ)』のメンバー。ジャンルフリー、ネタバレありです。https://penetra.stores.jp

3776『3776を聴かない理由があるとすれば』

まったく知りませんでした、3776(みななろ)。こんなキテレツな音源がふつうにリリースされていたとは。日本レコード協会によると2014年に発売されたCDの新譜数は15,996点(すべて12cm、シングル・アルバムの合算)。ピークを過ぎたとはいえ、一日あたり約44枚もの新作がフィジカル・パッケージの形態で生まれ続けている。そこへYouTubeや各種ストリーミングサービスが加わってくると、一生かけてもたった一年分の音楽すら消化できないだろうなと気が遠くなってしまいますよね。勢い、定評のある過去の名盤を聴き返したり、気に入ったアーティストだけを追いかけたりといったスタンスに流れがち。3776のファーストフルアルバムは、そんな態度に大いに反省を迫ってくる一枚でした。俺はこんな作品をスルーしたまま2015年を終えてしまったのかと。まず音の外形について。実質1曲目のM2〔登らない理由があるとすれば〕を聴いて、少なからぬ人がこう声を上げたことでしょう。「何だこれ! 空間現代の新作かよ!?」 空間現代は批評家・佐々木敦主宰のレーベル=HEADZに所属する3人編成バンド。そのマスロック的、ポストパンク的傾向でつとに知られています。私はアルバム『空間現代2』所収の〔不通〕というトラックが好きなのですが、すぐ後ろにこっそり〔登らない理由があるとすれば〕が置かれても初聴ならまったく気付かないのではというくらい、ギターの鳴りが空間現代だったのです。ちょっと鼻息が荒くなってしまいました。さて、3776唯一のメンバー・井出ちよのによるヴォーカルが乗ってきて、少しく平静を取り戻します。要するにこれは「目配せ」なんだろうなと。ティーンアイドルにコア/マイナーな音楽を掛け合わせる流行りのメソッド(その最大のスターがBABYMETALでしょう)に対しリスナー側も免疫ができつつあり、「空間現代っぽくて最高!」とか「◯◯へのオマージュがたまらない!」とか、思ってても言いたくない、言ったら負けだ(?)という面倒くさい心理がはたらくのです。たしかに、件のメソッドの応用という観点だけでみると、突出した作品ではないかもしれない(音楽的な面白味は十二分にあるのですが、この界隈のクオリティ=ハードルが上がってしまっている)。では、他のアイドル音楽と『3776を聴かない理由があるとすれば』を分かつものは何か? それはアルバムトータルでの完成度です。収録時間が富士山の標高と同じ3776(秒)という作り込みから始まって、一曲ずつ富士山を登っていくコンセプト。歌詞の言葉選びも「湧玉池」だったり「八合目」だったりと富士にちなんだものがしきりに登場します。そして頂上へ。M19〔3.11〕。そう、あの日の地殻変動で富士山の標高も3776ではなくなってしまった。全体としてチアフルなアルバムですが、それだけではありません。「もっと見とけばよかった ちゃんと見とけばよかった いつもこんな近くで いつも見られたのに」。必聴かと。 

3776を聴かない理由があるとすれば

3776を聴かない理由があるとすれば