SUPPING CULTURE REVIEW

批評同人誌『PENETRA(ペネトラ)』のメンバー。ジャンルフリー、ネタバレありです。https://penetra.stores.jp

宮沢章夫(2013)『夏の終わりの妹』

いったいなぜこんなものを作ろうと思ったのか。アートにしてもエンタメにしても、そうした問いに駆られることは少なくない。そうした疑問はいくつかの水準に分かれているようだ。ひとつには、そもそもの創作の発端を問うもの。作家にはどんな動機があったのか。メッセージは内包されているか。受容者の共感を得ようとしているのか、それとも当惑を誘おうとしているのか。伝達の形式が問われることもある。制作サイドの意図するおおまかな方向性がつかめたとして、他でもなくこのように表現された理由はどこにある? 演劇であれば舞台の設計に役者と演出。作品がはらむ複数のファクターは、ときにひとつの目的へ向かって共犯関係をとりむすび、ときに反目しあって内部からテーマを食い破ろうとする。また、作品への問いかけに際し忘れてならないのが、問いを発している自分自身の存在だろう。私が作品にこれほど強く惹かれるのは(あるいは、まったく惹かれないのは)どうしてか。

『夏の終わりの妹』は謝花素子という女の物語である。素子は古い映画館で観た『夏の妹』がきっかけで、暮らしている汝滑(うぬぬめ)町のインタビュアー資格制度に志願することになった。『夏の妹』は沖縄が舞台の、大島渚監督による1972年の作品。この制度と町が一風変わっていて、インタビュアー資格をとれば「誰にでも、どんなことでも質問ができる」のだが、「資格がなければ、ウヌヌメ町では誰にも、どんなことも質問してはいけない」のだという。どんなことも? 私は、そんなバカな、と思った。制度がはじまったのは、ニュータウンだった汝滑で無神経な質問が絶えなかったためらしい。たとえば「お宅のお子さん、どこの私立小学校にお通いになっているのかしら?」と。収入や性癖についての質問がタブーというのならまだわかるけれど、「どんなことも」となると、日常会話はどうなってしまうのだろう? お出かけですか、とか、最近仕事どうなの、とかそういった類のものは。あくまで虚構の中と自分に言い聞かせてみても、質問を抜きにして社会生活はとうてい成立しないように思われた。現実世界にパラレルでないと批判したいわけではない。だが、虚構には虚構なりのリアリティがあってしかるべきではないのか。この設定は明らかに、弱い。にもかかわらず(物語世界の説得力が損なわれるリスクを冒しても)インタビュアー資格を置いたのは、引き換えに得られる効果が余りあると判断したからだろう。その点をストーリーに戻りながら考えてみたい。

そんな自分がばかみたいだと思ったけれど、それでもやっぱり、なぜこんな映画を作ろうと思ったのかわからない。話を聞きたかった。友人たちの言葉など信用できなかった。監督に直接話をきいたほうがずっといろんなことがわかる。そして、あの南の島、自分がやってきた土地のことがもっとわかるだろう。

素子はインタビュアー試験に何度も挑戦し、そのたび不合格となった。勉強をしていなかったようだから、受かりたい気持ちはさして強くなかったのかもしれない。だが、二十四度目の不合格の日、東日本大震災に見舞われる。資格のない素子の問いかけに答えてくれる者は誰もいなかった。原子力発電所は、水道水は、暴動や放火のうわさは、子どもへの放射線の影響は。出口をうしなって頭の中に堆積するクエスチョンマーク。そのことがあってから素子は、勉強に腰を据えてとりくむようになる。「話を聞けるときに、質問ができるうちに、質問はしておかなければいけないと思った」からだ。こうして震災を補助線に引くと、当初は作品のウィークポイントにしか思えなかったインタビュアー資格が、すぐれたアイデアとして光ってくる。コミュニケーション・ツールがどれほど発達しようとも、本当に知りたいことがいつでも聞けるとは限らない。汝滑町は震災まもない日本の風刺画にちがいなく、『夏の終わりの妹』はブラックSFなのである。そう、汝滑町=日本に暮らす人間にとって、問うことは容易な作業ではありえない。その困難さは「資格」という明快すぎるハードルによって表現されることになった。高度(に)情報(がコントロールされている)社会。こうした仕組みに敏感でいつづけるには、相応の時間と労力が必要だろう。そこで私からひとつ簡単な提案がある。手軽さのわりにけっこういいトレーニングになると思う。今すぐ劇場に足をはこび、こうつぶやくだけで済むのだから。「いったいなぜこんなものを作ろうと思ったのか」と。

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