SUPPING CULTURE REVIEW

批評同人誌『PENETRA(ペネトラ)』のメンバー。ジャンルフリー、ネタバレありです。https://penetra.stores.jp

『山田孝之の東京都北区赤羽』×『テラスハウス クロージング・ドア』

池袋HUMAXシネマズで『テラスハウス クロージング・ドア』を観てきた。公開からしばらく経った平日夜の回ということもあり、人の入りはまばら。劇場のエレベーターに乗った時点でうすうす予感していたが、ひとりで来たのはどうやら自分だけのようだ。たいていは若い女性の友だち連れで、カップルもちらほら。おそらく全員がテレビ版「テラスハウス」のファン。自分はまったくの未見だったため、テンション的にはけっこうビハインド。近くの席からは開演を待つ高揚感が伝わってきた。肝心の中身はというと、テレビシリーズ抜きでも意外に楽しめる内容。ただ、フェイクかどうかで言えば、どうみてもフェイク。例えばクライマックスの、てっちゃんこと菅谷哲也が意中の女性に告白するシーン。ムードの良い水辺に連れ出してアタックするものの、あえなくフラれてしまう。ちょうどそのタイミングで、対岸の建物の明かりが次々に消えていく(ご丁寧に「22:00」とデジタル時計がフレームに収まってもいる)。やらせの判断材料にはこの場面だけで十分ではないか。それ以外では、数回ある海辺のシーンで音声がクリアに録れすぎているのも気になる。アフレコと思われるが、後日の録音風景を想像すると、けっこうシュール。だが、そうしたモヤモヤが吹き飛ぶほどに、ラストカットは素晴らしかった。てっちゃんの失恋を経て、年末には全員がテラスハウスを出ることに。他のメンバーは先に家を後にし、プロモーションでも使われていた、てっちゃんが単身ドアを開け外へ向かおうとする構図が繰り返される。ついに外へ出た瞬間、スクリーンは真っ白なバックと「テラスハウス」のロゴに切り替わった。そこからは音楽もテキストも一切なし。エンドロールも極端にみじかい。台本があるのならハッピーエンドはいくらでも可能だったはずなのに、そうはなっていない。ラストカットの突き放した演出は、「テラスハウス」がメンバーたちの自発的な心情と行動だけで完結する空間であり、外部=やらせなど存在しないと主張しているかのようだ。その切実さは強度において、番組が本来必要としたはずのリアリティを優に上回っていた。

どうして長々と「テラスハウス」の話をしているのかと言えば、それが『山田孝之の東京都北区赤羽』(以下、北区赤羽)の合わせ鏡になっているからである。『北区赤羽』は実にイカれた作品だ。2014年初夏、主演映画「己斬り」の撮影に入っていた山田は、突如として役と現実の区別がつかなくなり、自らの首を斬り落とすシーンに、模造刀ではなく真剣を用意するよう監督の山下敦弘に迫る。それがムリならこれ以上演技はできないという山田。撮影は中止され映画はお蔵入りとなる。その後、山田の自宅に呼び出された山下監督は、彼が自分の演技に「軸」がないと思い悩んでいることを知る。そんな山田にとって、苦境を打開するヒントになりそうなのが、清野とおるによるノンフィクション漫画『東京都北区赤羽』だという。自分らしく生きる人々に触れることで「軸」を模索したいと考えた山田は、赤羽に移り住み生活する様子をカメラに記録してほしいと山下に依頼する。こうして赤羽での暮らしが始まるが……。さて、番組ホームページで山下は、『北区赤羽』を《連続ドキュメンタリードラマ》と称している。つまりこの作品はスタート地点から、純粋なドキュメンタリーたろうとしていない。対照的に「テラスハウス」は《リアリティショー》や《台本のない日々》とあり、あくまでドキュメンタリーを装おうとしていることがわかる。結果的に、『北区赤羽』が虚実入り交じりの壮大な実験に成功する一方で、「テラスハウス」は意図せぬ終了を余儀なくされた。最終話で山田は、親しくなった赤羽の人々とともに、桃太郎をベースにした劇を披露する。ここで思い出されるのが、そもそもの発端となった「己斬り」であり、そのあらすじは「刀を捨て静かな生活を営んでいた浪人慎之助が、仲間の為に戦い自身の悪と向き合う物語 」だった。桃太郎劇は、山田なりに「己斬り」をやり直したものと言える。この作品は、赤羽を舞台にした現代の寓話=オデュッセイアなのである。

戦略的にも演出面でも、巧みさでは『北区赤羽』に軍配が上がるだろう。けれど不思議なもので、両者を観終わってみると、『クロージング・ドア』のほうに惹かれている自分がいた。あらかじめ虚構を前提にした『北区赤羽』と、一度ついたウソをどこまでもキープしなくてはならない「テラスハウス」。やはり後者の必死さこそ、リアリティ番組というジャンルを観る最大の冥利ではないだろうか?

TERRACE HOUSE TUNES-Closing Door

TERRACE HOUSE TUNES-Closing Door