SUPPING CULTURE REVIEW

批評同人誌『PENETRA(ペネトラ)』のメンバー。ジャンルフリー、ネタバレありです。https://penetra.stores.jp

ジュリアンのファルセットと突き抜けた明るさが新鮮な一枚 ―The Strokes(2013)『Comedown Machine』

ザ・ストロークスは今やほとんど見かけなくなった「物語」のあるバンド。とはいえその内実は聞こえの良いサクセス・ストーリーばかりではない。デビュー作の『IS THIS IT』(01)は2000年代前半のロックンロール・リバイバル・ムーブメントを代表する歴史的名盤として絶賛を浴び(あるいは、マイケル・ジャクソンが『THIS IS IT』とパクりたくなる程度には市民権を得て)、続くセカンドアルバム『ROOM ON FIRE』(03)の評判もまずまずと、彼らのポジションは確固たるものに思われた。だが、セレブリティ扱いされる一方、容赦なくバッシングも高まる。その多くはバンドの出自をめぐるもので、ニューヨークやらアートシーンやらといった華やかな記号と、70年代パンクや90年代グランジ=オルタナティブが体現するアウトロー感のあいだには、たしかに埋めがたい溝が横たわっていた。シド・ヴィシャスのようにドラッグの過剰摂取で死んだり、カート・コバーンのようにピストル自殺したりするわけでもない(当たり前だ)。「ストロークスなんて所詮は金持ちの道楽」という、やっかみ半分の嘲笑。そうしたプレッシャーが影響したのか定かではないが、サードの『FIRST IMPRESSION OF EARTH』(06)は音楽的なバリエーションを広げた意欲作となる。ハードロック的な意匠の導入。曲中の起伏が増え、4分台の曲も混じるように(初期2作には2~3分台の曲しかない)。軽薄短小の美学を貫いてきたストロークスにとって、大きな転機に違いなかった。しかし、商業的には惨敗に終わり、評論家受けも芳しいとはいえない状況。アルバムの大作化は、裏を返せば、音楽的なフォーカスが絞り切れなかったことを意味してもいた。長いツアー生活を経てバンドは活動をストップ、メンバー間の不協和音も伝わってきた。ここに象徴的なエピソードがある。5年のブランクを経て発表された新作『ANGLES』(11)を引っ提げ、サマーソニックで来日。公演がファーストアルバムの冒頭曲「IS THIS IT」で幕を開けると、スタジアムは歓喜とも動揺ともつかないどよめきで一気に包み込まれる。実際、熱心なリスナーの心中は複雑だった。完璧すぎたデビュー作の重圧、枚数を追うごとに低迷する評価、なかなかの佳作だった『ANGLES』。そうして迎えた新生ストロークスの第一声が、まさか「IS THIS IT」とは……。これはストロークス一流のアイロニーなのだ。そう理解するしかなかった。どうせお前らが聞きたいのはこれなんだろ? 新しいアルバムを作ったところで、「今回も『IS THS IT』には遠く及ばないね」って、そう思ってるんだろ? オーディエンスの期待に従順に応えるようで、その実、これほど人を食った選曲はない。アイロニーもここまでくれば頼もしいというもの。だが、その見立ては早々に修正を迫られる。2曲目も『IS THIS IT』からのセレクト。3曲目にようやく新作のリードシングルを挟んだものの、4曲目も『IS THIS IT』からの……。ええと、これは同窓会か何かですか? この晩のストロークスは、自分たちが求められていることに、あまりに自覚的すぎた。プロフェッショナルな、ライブの満足度やクオリティを高めようという真摯な態度の帰結として、そのセットリストは構成されていた。終わってみれば、全18曲のうち『IS THIS IT』からの8曲が半分近くを占める。これではアイロニーよりも依存という言葉のほうが相応しくなってしまう。大御所でもないのに、10年前のアルバムに浸食されるセットリスト。対照的に『FIRST IMPRESSION OF EARTH』からはわずか1曲のみ。「失敗作」の爪痕は深く、新作のナンバーもメインを張るには力不足。それが2011年における、ストロークスというバンドの偽らざる姿だった。

カムダウン・マシン

カムダウン・マシン

◆『Comedown Machine』
だからこそ、これほど早い新作の知らせには驚いた。ボリュームは11曲39分とコンパクト。これでアルバム5枚のうち、4枚までが30分台の作品となった。『FIRST IMPRESSION OF EARTH』が唯一、50分台の大作となっており、キャリアの中で浮き上がって見える。また、彼らのアルバム発表スパンは、デビューから2年→3年→5年と拡大傾向にあり、それが少なからず停滞感を醸していた。今回は『ANGLES』からわずか2年のインターバルであり、バンドが今までになく活動に前向きになっている様子が伺える。

M1.Tap Out
内省的で神経質なテーマからスタート。この曲では過去のストロークスになかった2つの新機軸が提示される。それにより、アルバム全体への導入という役割が的確に果たされている点に注目したい。まずはジュリアン・カサブランカスの歌唱スタイル。ヴォーカル・パートはこれまで中低域に集中する傾向にあった。ストロークスといえば、抑制の利いた、呟くような、唸るような、ざらつきの混じったカサブランカスの声。ところが「Tap Out」のコーラスで聞かれるのは、驚くことに彼のファルセット・ヴォイスなのである。ヴォーカル・パートの重ね録りもあまりなかった試みで、どちらもあえての定石外しと受け取ってよいだろう。声をめぐる実験が、始まる。

M2.All the Time
先行シングル。ヴォーカルのトーンはやはり高め。ソツのない仕上がりだが、バンドのパブリック・イメージを踏襲しただけの曲とも言えてしまう。思えば前作『ANGLES』の2曲目「Under Cover of Darkness」も先行シングルだったが、原点回帰色が強く、アルバムの凸凹とした展開を反映する内容ではなかった。

M3.One Way Trigger
アルバムを牽引する最重要曲。イントロが流れ出した瞬間、体中からがっくりと力が抜けていくのを感じる。これは……a-haの「Take On Me」そのまんまじゃないか。気でも狂ったかストロークス。しかし、いざ聞いてみると全然悪くない。ちょっとやりすぎなぐらいグルーヴィーだがリズムはかちっと締まっており、ブリッジで音数が一気に増えるところなんて破格の格好良さ。そしてファルセットの多用。突き抜けた(ヤケクソといってもいい)明るさがネクスト・ストロークスの到来を予感させる。

M4.Welcome to Japan
ここでも声の使い方がキーポイント。途中、サーフロックのような掛け声が入ってくるが、曲調が暗いせいで西海岸のダークサイドといった風情。それでいてなぜかウェルカム・トゥ・ジャパン。歌詞からの読み取りは難しく、謎めいている。

M5.80's Comedown Machine
ほぼアルバムのタイトルナンバー。最初に「Comedown Machine」というタイトルを耳にしたときは、サマーソニックでの「IS THIS IT」がフラッシュバックした。直訳すれば「80年代製の墜落する機械」となり、彼らの状況を自嘲しているようにも思える。曲調はスローで、バンド史上珍しいほどにレイドバックしている。

M6.50/50
ファーストに収録されていた「When It Started」のアップデート版といったところか。カサブランカスが従来得意としてきた歌唱スタイルを、他の収録曲と比較して今いちど確認しておきたい。

M7.Slow Animals
ヴォーカルのトーンは高めに据えている。アルバム後半はやや散漫な印象を受ける。

M8.Partners in Crime
「One Way Trigger」に続く、明るめのアップテンポ・ナンバー。良くも悪くも大味で、遊んでいるうちに30分で出来上がったような軽快感がある。

M9.Chances
ストロークス特有の、アルバムのスタートのような、エンディングのような、不思議な感触の導入部。ファルセットを適宜挟みながら、徐々にふくらみを増していくバラード。終盤の糸が切れたような転換は、クセになりそう。

M10.Happy Ending
ラスト手前で「Happy Ending」というネーミングは気にかかるが、それらしきヒントはない。このあたりに「One Way Trigger」クラスの曲がもうひとつあれば、トータルの仕上がりは変わっていた。「Slow Animals」もそうだったが、悪くはないものの、際立った名曲とまでは言い難いものが並ぶ。

M11.Call It Fate, Call It Karma
ストリングスが花を添えるビートレスの最終曲。カサブランカスの声にはくぐもったエフェクトがかかり、お伽噺(!)のような空気感。アルバムはハードめなトラックの締め括りが定番だっただけに、拍子抜けするかもしれない。とはいえ、それを「Fate」や「Karma」と呼ぶのだから、この終わり方が正しいのだろう。

総じて、キャリアの中でもっともリラックスしたムードのアルバムである。カサブランカスのファルセット・ヴォイスは飾り気のない解放感につながっているし、ミディアム~スローナンバーの増加もそうした印象に寄与している。何より「One Way Trigger」で80年代ディスコポップのど真ん中を撃ち抜いた今、ストロークスに怖れるものなどあろうはずがない。フロンティアは十分に残っている。まずは来るべき来日公演に期待しよう。今回こそ、オープニングナンバーは『Comedown Machine』から選ばれる。万が一それが「IS THIS IT」だったら……。彼らのヘソ曲がりも筋金入りというものだ。