SUPPING CULTURE REVIEW

批評同人誌『PENETRA(ペネトラ)』のメンバー。ジャンルフリー、ネタバレありです。https://penetra.stores.jp

三木聡(2013)『俺俺』

コミュニケーション能力。リレーション構築。フェイスブックで友だち申請。毎日の人づきあい、いいかげん疲れませんか。私はもう何もかも嫌になりました。現代社会に生きるわれわれの労働の対価。その多くを感情労働に対する支払いが占めています。つまりは人間関係。クライアントのご機嫌をうかがうこと。それ以上に、内部の人間の機嫌をとること。相手のモンスターレベルに比例して、あなたの仕事の価値は高まる。かつてゴダールはいいました。「すべての労働は売春である」。あなたがあなたでなくなっていくこと。私が私でなくなるとき、私は報われている。いつか跡形もなく消え去ってしまいそうな元の私。今すぐひとりきりに戻らなくては。純度100パーセントの私に。そんな風に行き詰まっている人がいたら、まず『俺俺』を観てからにしてはどうか、と一声かけたい。無数の私で埋め尽くされた、夢のような世界が堪能できる。それはストレスのないユートピアなのか。それとも。

永野均(亀梨和也)はもともとカメラマン志望だったが、現在は家電量販店の販売員。ハンバーガーショップで気に食わないサラリーマンと隣席になり、腹いせに携帯電話を持ち逃げする。間もなくその携帯に「母親」から電話が入り、均は出来心でオレオレ詐欺をはたらいてしまう。家に帰るとそこには、彼の「母親」を名乗る見知らぬ中年女性。トラブルに巻き込まれたのではと心配になり、様子を見に来たという。混乱した均は実家のある団地に向かうが、出てきたのは俺そっくりの大樹(亀梨和也)。均は本当の母親に、不審者として追い返される。同じように大樹の家を訪ねていた大学生のナオ(亀梨和也)も加わり、俺たち三人はひとつ屋根の下、食卓を囲んで今後の相談。するとどうしたことだろう、この居心地の良さは。何しろ、お前も、お前も、みんな俺なのだ。

「もう、他人とはいられないっすよね、めんどっちくて」
「人といてこんなに気楽な気分、初めてだよ」
「オレ帝国めざしましょうよ、オレだけの国ですよ」

ナオは次々に新しい俺をリクルートして帝国の拡大にひた走る(帝国は猿山をもじって「俺山」と称される)。大樹はそれが気に入らない。俺のインフレーション。俺は俺たちだけで十分だ、というか、俺は俺ひとりで十分だ。そこから先は「削除」という名の殺し合い。原作同様、初めのうちはバカバカしくて笑っていられた。俺が増えたり減らしたり、ずいぶんと忙しそうだねえ。だがストーリーの進展につれ、その笑顔は次第に引きつりを余儀なくされる。これは何も「俺」に限った話じゃない、と想像が及んでくるからだ。たとえば学校や職場の気の合う仲間同士。あるいは趣味・嗜好でつながる友人関係。似た者同士の気安い仲。しかし、実際にそうした心地よさを成立させているのは、高い同調圧力にほかならない。クオリティ・コントロール。純度を下げるような俺ならぬ俺は、徹底的に排除される。『俺俺』は俺の増殖と内ゲバというブラック・ジョークを用いて、そうしたシステムをスマートに抽象化しているのだ。

このように、作品の面白さが原作小説のアイデアに多くを負っているのは明らか。では映画単体としての『俺俺』はどうか。当然、少なからぬシーンが亀梨和也の重ね撮りによって構成されている。ほとんどは違和感なく観られるが、肝心の、俺たち三人が食卓を囲むシーンに入って引っかかりを覚える。缶ビールを開けるしぐさ、飲み干すタイミング、箸の上げおろし、口に入れるときの首の角度。ここでは一連の動作がシンクロすることで、俺たちだけでいることの心地よさが表現されるはずだった。皮肉なことに、三人ともが同じ俺、という前提が置かれているせいで、ほんのわずかな動作のズレが妙に目についてしまう。とはいえ、いくら俺が集まろうと上手くはいかないという観点からすれば、計算どおりの演出という見方も可能は可能だ。結果として亀梨ひとりで他の人物と絡むシーンすら、後から重ね撮りしたようなズレた錯覚を抱くことになったが、この気持ち悪さはある意味作品のモチーフとマッチしている。意外にアリかもしれない。

ジャニーズ主演を理由に本作を敬遠する人もいる。たしかに観客の女性比率は高かった。途中、亀梨くんの長編プロモーション・ビデオと勘違いしそうにもなった。視点を変えてみよう。亀梨和也でなければ、ジャニーズの主演作品でなければ、『俺俺』は商業映画として成立していたか? 答えは怪しい。あらすじだけを抜けば、俺が増殖して殺し合う映画、に十分な集客力があるとは思えない。それがこうして、亀梨くん目当ての客は図らずもカフカ的な不条理劇に二時間付き合うことになり、私は星野智幸作品の映像化を愉しむことができる。シュールだったりシリアスだったり、剥き出しのままでは商業化しにくい作品群(今クールに放映されたドラマ『家族ゲーム』もその一例だろう)。ジャニーズはそうした凸凹を補う機能的なインターフェースとしてある。偏見はいったん脇に置き、この共犯関係を祝うことから始めたい。 

俺俺 DVD通常版

俺俺 DVD通常版

 

  ⇒クロスレビューを2013年11月4日(日・祝)開催、第十七回文学フリマで販売する批評同人誌『PENETRA』第3号に掲載します!ブースはK-07。