SUPPING CULTURE REVIEW

批評同人誌『PENETRA(ペネトラ)』のメンバー。ジャンルフリー、ネタバレありです。https://penetra.stores.jp

綿矢りさ(2013)『大地のゲーム』

綿矢りさがこんな作品を書く日がくるなんて想像もしていなかった。新作の舞台は震災を契機に学生たちが住みつくようになった大学のキャンパス。といってその地震は、すぐに思い当たるところの東日本大震災ではない。登場人物の父親による、「おれたちの昔経験した地震災害」は「地震のあとに津波が襲ってきた」という言葉から推測するに、設定は2040年代の日本。国土の半分を破壊し七万人もの生命をうばった夏の震災のあと、年内にも同程度以上の地震が警告されている状況だ。小説は地震地震のあいだの時間をたどっていく。これまでの綿矢には、半径数メートルの描写が得意な作家というイメージが少なからずあった。『蹴りたい背中』は同級生のアイドルおたくに対する微妙な距離感がモチーフだったし、『勝手にふるえてろ』の主人公は、学生時代から片思いしている男「イチ」と、会社の同僚であり、恋愛相手として現実的すぎる男「ニ」のあいだで揺れうごいていた。それが今作になって突如、近未来、震災後ディストピア、宗教じみた思想グループのリーダーとくるのだからたまらない。『大地のゲーム』は疑いの余地なく、作家のターニングポイントになるだろう。

さて、これほど急速に世界観を拡張させてゆけば、それに見合う物語が立ち上がっているのかと、シビアな評価を受けやすい。作家はこの点、あえて見栄を張らない方向に舵をとる。たとえばグループのリーダーは、「彼のいたずらっぽい瞳、傲岸な顎、固そうな肩。ふとしたときに見せる笑顔は、演説しているときと同じ人とは思えないくらい幼い。雪にまみれてはしゃぐ姿は、茶色い犬みたい」と形容され、従来の綿矢作品における<気になる男子>と何ら変わりないように映る。また、飛びぬけた存在感を放つマリとの関係を、「だれにもなつかなかった彼女を従えると得意な気持ちになった」とクールに分析する自意識の強い語り手も、読者にはなじみ深いものだろう。語り手が「私の男」とよぶ彼氏と、リーダーのあいだでふらつく様子は、『勝手にふるえてろ』の変奏にみえなくもない。

終盤、やはり地震はやってきた。それまで保たれていた登場人物たちの均衡がもろくも崩れ去り、作品は予想のつかない場所へと運ばれていく。そこで初めてわかることがある。設定に比べて保守的に思われた人物造形や関係配置が、たしかなアンカーとなって物語に説得力を与えていたということ。考えてみれば当然だが、時代と状況が移ったところで、人間のやることがすぐに変わるはずもない。綿矢作品の語り手が大胆不敵な自信家になったり、色恋そっちのけで社会的な成功を追い求めたりするわけがない。『大地のゲーム』で作家は、物語のスケールが大きくなろうと、それをグリップする技術があると高らかに証明してみせた。彼女の作品は、これからもっともっと大きくなる。 

新潮 2013年 03月号 [雑誌]

新潮 2013年 03月号 [雑誌]

 

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