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批評同人誌『PENETRA(ペネトラ)』のメンバー。ジャンルフリー、ネタバレありです。https://penetra.stores.jp

橋部敦子「父の再婚、娘の離婚」(TBS系『おやじの背中』第六話)

 私はいまのところ結婚していないし、子どもを持ったこともない。これからそういう選択をするかどうかもわからない。けれど、もしいつか子を授かり育てることになったとき、これだけは絶対に言うまいと心に決めている言葉がある。それは、あなたのためだから、とか、お前のことを思ってやってきたんだ、という類いのものである。ここには相手をコントロールしようとする抑えがたい欲望がにじみでている。お前のために俺たちはカネをかけ時間をつかい、ずいぶんと心配をしてきたんだよ、という語りかけは、だからお前は言うことを聞きなさい、という命令をオブラートに包んだものでしかない。パターナリズム。心優しい子どもたちは親を傷つけまいとして言いつけに従うかもしれない。もちろん経済的な依存の問題もある。家を出ようにもカネがいるし、学校へ通うのだって同じこと。カネは出さない、と突っぱねられたら手の打ちようがないのは事実だ。まあ、それはいったん置いておこう。親を傷つけまいとして、の話だった。そういうつもりで言うことを聞いている子どもは、一見優しいようなのだが、実際は違う。ある意味では親を見くびっているのである。子どもは考えている。自分が言うことを聞かなければ、相手の存立を脅かしてしまうのではないかと。相手はその程度に弱さをはらんだ存在なのだと。こうして、親から子に向けられていた「あなたのために」は、いつしか子から親へと向けられている。我が身を守ろうとするか弱い親を憐れんで、子どもたちは「彼らのために」と自分を納得させるのである。話はここで終わらない。子どもは自制したぶんの代償を、どこかで必ず取り返してやろうと考える。

 七海(尾野真千子)の場合、それは結婚だった。正しくは結婚相手の選択だった。パターナリズム日本代表といった趣の父・典久(國村準)は七海が小さい頃から何かと口を出してきた。習い事やバイトに始まり進学、就職。ほんとうはバレエ教室に通ったり美大を受験したりデザイン事務所に勤めたかった七海は、結局、信用金庫に就職した。父は結婚相手についてもさぞかし不満だったに違いない。大悟(桐谷健太)が甲斐性のない役者志望だったからだ。しかし、七海は退かなかった。大悟と一緒になることで初めて自由になれると信じていた。それが、父に譲り続けてきた七海の「代償」だったのである。そうまでして結ばれた大悟との仲が行き詰まってきた頃、父から再婚を考えていると聞かされて……。複雑なストーリーではない。七海の結婚生活や、すでに他界した妻=母をめぐってふたりが口論となり、言いたい放題言い合う中で少しずつ気持ちを開いていくという展開(プライマリー・スクリーム療法)は、第四話の印象に通じるものがある。どちらの回も温泉宿に泊まっていたので、そのせいもあるだろうか。ちなみに本作で登場した伊豆の「落合楼村上」は実在し、国登録有形文化財に指定された有名旅館である。何かもうみんなで温泉旅行に行けば世の中のいろいろな問題が解決しそうな気がしてきた。温泉で殺し合いは起こらない。湯けむり殺人事件はフィクションだ。血流を良くして日頃の疲れを癒し、コミュニケーションの淀みもついでに一掃してしまおう。ディスカバー・ジャパン。「美しい日本と私」。暴力温泉芸者はどこへ行った。

 本作についてどうしても言いたいことがひとつだけある。最後に旅館から出てくるときの七海の激変ぶりだ。髪型と洋服だ。前夜、父と心を通わせて肩の荷を降ろした彼女。それまでの七海の衣装は、信用金庫の制服、モノトーンのジャケットとパンツ、やはりモノトーンめなトップスとパンツ、紺のチュニックとデニム、白のシャツとベージュのパンツ、白のニットとスカイブルーのパンツ、ストライプのシャツに黒の七分丈パンツ、ゴールドのニットに白のパンツ(ここで初めて明るめの色、落合楼の話題が初めて出る場面)、白のニットとスカート(初のスカート、落合楼に入ってくる場面)、そして浴衣にちゃんちゃんこときていた。髪型はたいていポニーテール、旅館では大きめのクリップでまとめている。髪には十分なツヤがあるし、染めムラも目立たない。それがどうしたことだろう。朝、宿から出てきた七海のトップスはチェックのネルシャツ。それもワインレッドカラーだ。髪は留めずにそのまま垂らしている。ラフな感じ。自然光のせいなのか、妙にバサバサしてみえるし、染めムラもかなりわかりやすい。力が抜けて自然体ということだとは思うけれど、場末のスナックにでもいそうな雰囲気になってしまっている。色味だって茶色を通り越してもはや赤毛に近く……これは……誰かに、似ている。そうだ、『ラン・ローラ・ラン』だ! フランカ・ポテンテだ! このままジャーマンテクノに合わせて走り去ってしまいそうだ。橋部敦子の脚本は説明過剰と指摘されたことがある(宇野常寛ほか「PLANETSテレビドラマ定点観測室」)。しかしながら今回ばかりは台詞でなく、衣装とヘアメイクがすべてを物語っていた。

第六話 「父の再婚、娘の離婚」作:橋部敦子

第六話 「父の再婚、娘の離婚」作:橋部敦子

 

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第七位 ——— 第六話 橋部敦子「父の再婚、娘の離婚」

 ときに説明過剰と指摘される橋部だが、今回ばかりは台詞でなく、衣装とメイクがすべてを物語っていた。脚本は薄味。

⇒全話のレビューを2014年11月24日(月・祝)開催、第十九回文学フリマで頒布する批評同人誌『Penetra』第5号に掲載します。ブースはカ-64。